今回の記事では、麻薬取締官のシゴトについて紹介します。
麻薬取締官は警察官、と思っている人もいると思います。しかし麻薬取締官は警視庁や警察庁に所属する警察官とは違います。麻薬取締官は警察官に似た権限を持ってはいますが、「麻薬取締官」の名で厚生労働省に所属する国家公務員です。
この記事では、麻薬取締官の詳しいシゴトを見てみましょう。
仕事内容
麻薬取締官のシゴトは、違法薬物を取り締まり、医療用薬物管理のための監督や指導など薬物犯罪の防止をすることです。
麻薬取締官は国家公務員であり、「特別司法警察員1」という地位を与えられており、逮捕・取り調べ・鑑定など捜査行為を行うことができます。
また、麻薬取締官は「薬物五法」に基づいてシゴトをします。薬物五法とは、下記の五つを指します。
①麻薬・向精神薬取締法2
②大麻取締法3
③あへん法4
④覚せい剤取締法5
⑤麻薬特例法(薬物犯罪により得た収益を没収することを定めた法律)6
これらに基づいて犯罪捜査、監督指導、薬物乱用防止の啓発などを行います。
ここでは麻薬取締官の主な4つのシゴトについて見てみましょう。
犯罪の捜査・違法薬物の取り締まり
麻薬取締官は厚生労働省地方厚生局麻薬取締部という組織に所属しています。その中の捜査課がこのシゴトを行います。
先述したように、麻薬取締官には「特別司法警察員」という地位が与えられています。この地位によって、捜査行為・拳銃など武器の携帯・取り調べ・鑑定などの権限が与えられています。時には都道府県警察、税関、海上保安庁等の関係機関と協力して、密輸された薬物の押収、犯罪組織の摘発をすることもあります。
医療関連機関の監督・指導
このシゴトは麻薬取締部の中の調査総務課が担います。麻薬や向精神薬は、医療用麻薬として認められているものもあります。これらが病院・薬局・個人で適切に管理、使用されているか、横流しや不正使用が行われていないか監視し、指導を行うことも麻薬取締官のシゴトです。
適切な監視、指導のために、病院や薬局に立ち入り検査を行うことも認められています。
また、保健所や都道府県からの情報をもとに、自生した大麻やけしを除去することも調査総務課のシゴトです。
薬物等の鑑定
このシゴトは麻薬取締部の中の鑑定課が担います。麻薬取締官は押収した薬物、器具、体液などの鑑定も行います。鑑定課の鑑定官たちは薬剤師の資格を持っているため、薬学の知識を豊富に持っています。毛髪鑑定やDNA型鑑定など、専門性の高い鑑定にも取り組んでいます。
薬物乱用に関する啓発・相談活動
このシゴトは所属する課に関係なく従事することがあるシゴトです。麻薬取締部では薬物乱用者、またはその関係者の電話や面会による相談を受け付けています。また、保健所や精神保健福祉センター、医療機関と連携して治療の手助けをします。
相談の他にも各地での薬物乱用防止の講演や広報など、啓発活動にも従事します。
なり方
麻薬取締官になるには、麻薬取締官の採用試験に合格する必要があります。
麻薬取締官の採用試験を受験するには条件があります。以下の二つのどちらかを満たす必要があります。
①国家公務員試験一般職(行政もしくは電気・電子・情報)の一次試験に合格した者
②薬剤師国家試験合格もしくは合格見込みの者
このいずれかの条件を満たした受験者の中から合格者が決まり、毎年15〜20人程度が麻薬取締官試験の採用者となります。全国でこの人数と考えると、麻薬取締官が一般の警察官よりもかなり少ないことがわかります。
ここでは麻薬取締官になるためのステップを紹介します。以下の2通りの流れがあります。
大学法学部→国家公務員試験→麻薬取締官採用試験
薬剤師養成課程(6年)→薬剤師国家試験→麻薬取締官採用試験
4年制の法学部に進学する
麻薬取締官になるための国家公務員試験一般職試験は、どの学部からでも受験することができます。そのためどの学部からでも麻薬取締官になる道は開かれています。
ただ、法学部と薬学部以外の学部では、麻薬取締官採用試験に合格したとしても、2年以上の麻薬取締事務、もしくは3年以上の薬事事務に従事しなければ麻薬取締官になることができません。
法学部か薬学部を出ていれば、「麻薬取締官研修」と呼ばれる、1年間に2〜3週間ある研修を3回受けると麻薬取締官になることができます。そのため法学部か薬学部を出ることが麻薬取締官になる近道と言えます。
また、法学部では麻薬に関する法律、過去にあった事件に関しても学ぶことができます。中には薬物依存と刑事司法を繋げて学ぶゼミもあるため、薬学とは異なる角度での専門性も身につくでしょう。
国家公務員試験一般職試験を受験する
麻薬取締官になるには、国家公務員試験の一般職試験の「行政」か「電気・電子・情報」を受験して合格する必要があります。まずは一次の筆記試験だけ合格すれば麻薬取締官の面接を受けることができますが、最終的には国家公務員試験の二次試験、つまり面接にも合格しなければなりません。とはいえ、国家公務員試験の面接試験倍率は1.5倍と低くなっているため、しっかりと対策していれば合格することができます。
薬学部に進学して薬剤師の資格を取得する
薬剤師の国家試験は、大学の薬学部で6年間薬剤師養成課程を履修した人が受験することができます。薬剤師の資格は、将来鑑定課で働きたいと考えている人には特に重要な資格です。また、麻薬取締官の約半数は薬剤師の資格を持っているほどで、薬剤師の知識や技術が麻薬取締には役立つことがわかります。
29歳以下で薬剤師の資格を取得している人、もしくは合格見込みの人は国家公務員試験一般職を受験する必要はなく、麻薬取締官採用試験のみを受験すればよいことも大きなメリットであるといえます。
麻薬取締官の採用試験を受験する
国家公務員試験一般職を受験した人は、官庁訪問で各地の麻薬取締部に行き、採用面接を受けることになります。官庁訪問は人、場所によって回数や時間は異なります。人によっては1日何回も面接する人もいます。筆記試験は一般職試験で受験しているため、官庁訪問では行いません。
薬剤師資格を取得見込みの人も、各地の麻薬取締部に行き採用面接を受けます。こちらは薬学選考と呼ばれていて内容がはっきりと決まっています。ここでは以下の3つの試験が行われます。
①論文(45分400字以内)
②一次面接(10~20分程度)
③最終面接(20分程度)
これらの試験を通過したら麻薬取締官になることができます。
麻薬取締官になるための事務や研修を行う
麻薬取締部に採用された場合、1年目に「新規採用者研修」、「麻薬取締研修」、「麻薬取締官初等科研修」という研修を行います。薬学部・法学部の出身者はここで麻薬取締官に任命されます。
それ以外の学部出身者、法学・薬学部系の高専や短大出身者は、この研修の前後で指定の期間麻薬取締事務、もしくは薬事に関する事務に従事する必要があります。大学出身者は薬事であれば3年以上、麻薬取締事務であれば2年以上、薬学法学系の高専・短大出身者は、麻薬取締事務に1年以上従事する必要があります。
年収
麻薬取締官は国家公務員の行政職と同じ給与形態となっています。
そのため『内閣官房内閣人事局 国家公務員の給与 令和3年度版7』を参考にして、麻薬取締官の給与を考えてみましょう。
行政職の平均月給は約41万円、賞与は約170万円〜180万円となっています。これは平均年収にすると約660万円です。これは日本の給与所得者の平均年収である436万円8より約220万円高い数字になっています。非常に高い水準です。
さらに、麻薬取締官には捜査や夜勤、鑑識作業などによって手当がつきます。この手当も考慮すると、麻薬取締官の平均年収は700万円前後となります。
男女比
麻薬取締官の男女比に関しては、はっきりとしたデータはありません。ただ、九州厚生局の麻薬取締部が女性の職員数を公開しているため、こちらを参考にしてみましょう。
2020年12月時点で、職員42名のうち女性は9名となっています。これは比率にすると約20%が女性ということになります。
『令和元年度賃金構造基本統計調査9』によると、薬剤師は女性が約60%、男性が40%と女性が多い職業となっており、薬剤師自体の女性数が少ないというわけではないようです。
薬剤師が多い麻薬取締官も、女性の数を増やすことが課題となってくるでしょう。
求人・就職情報・需要
麻薬取締官の需要は、これからもなくなることはないでしょう。もちろん現代は戦時中のように大麻が一般の間で流行したり、薬局で簡単に買える時代ではありません。
しかしインターネットやSNSが普及したことにより、未成年者や若者でも簡単に違法薬物売買の情報を手に入れられるようになってしまいました。混ぜ物が多い粗悪なドラッグも増えてきており、1回摂取することで急速に死に至る人もいます。
「大麻は中毒性が低い」という人もいますが、それは医療の現場などで使用される安全性がある程度保証された大麻、それも適切に管理されて摂取する大麻の話です。何より日本での大麻所持は刑事法に違反しており、違法に売買される薬物が安全である保証もなければ、逮捕されて社会的信用を失う危険もあります。
未成年者や若者、薬物に手を出す人が怪しい情報に惑わされないためにも、麻薬取締官の需要はまだまだあるといえます。
やりがい・魅力
麻薬取締官のやりがいは、薬物の取り締まりに貢献できることです。
銃器・薬物対策係の刑事も薬物の取り締まりをしますが、彼らは組織犯罪の捜査として行います。麻薬取締官はより広く専門的に麻薬と向き合うシゴトができます。
捜査が実を結んで犯罪を取り締まることもですが、麻薬中毒者や家族の相談に乗ることも未来の犯罪を防止し取り締まることだといえます。病院での指導や管理も、患者さんが薬物乱用に陥ってしまわないために必要な行為です。このように様々な側面から薬物の取り締まりに貢献できることが麻薬取締官のやりがいといえるでしょう。
つらいこと・大変なこと
麻薬取締官の大変なところは、少なからず危険が伴うシゴトだということです。
麻薬取締官が相手にするのは、薬物の乱用者や犯罪組織であることが多いです。捜査課にいるときはそういった人たちを相手にシゴトをします。
中には取り調べで暴れる人や、武器を持った相手もいます。また、麻薬取締官には警察官とは違っておとり捜査が認められているため、売人と直接やりとりすることもあります。もちろん危険が伴うシゴトだからこそ身を守る方法も充実しているので、実際に危害が及ぶことは滅多にないでしょうが、恐怖や危険が伴うシゴトであることは間違いありません。
今回の記事はこれで終わりです。最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。また次回の記事でお会いしましょう。
参考にしたサイト
『職業情報提供サイト(日本版O-NET)』
https://shigoto.mhlw.go.jp/User/Occupation/Detail/142
『スタディサプリ進路』
https://shingakunet.com/bunnya/w0001/x0015/
『厚生労働省 地方厚生局 麻薬取締部』
https://www.ncd.mhlw.go.jp/index.html
『関東信越厚生局 麻薬取締部』
https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/gyomu/bu_ka/mayaku_torishimari/index.html
『内閣官房内閣人事局 別表第一 行政職俸給表(第六条関係)』
https://www.jinji.go.jp/kankoku/h21/pdf/21houkyuhyou.pdf
『人事院 九州事務局 麻薬取締部』
https://www.jinji.go.jp/kyusyu/2ka/kanchoguide/2021_kikannosyoukai.pdf
- 警察官でなくても特定の法律違反について犯罪捜査を行う権限が与えられた職員のこと
- https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=328AC0000000014
- https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=323AC0000000124
- https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=329AC0000000071
- https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0100000252_20210801_501AC0000000063
- https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=403AC0000000094
- https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/pdf/r03_kyuyo.pdf
- 国税庁 令和元年 民間給与実態統計調査を参照https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2019/pdf/001.pdf
- https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2020/index.html